大学で学ぶということは、専門知識や技量の習得といったさまざまな知識を享受することを指しますが、これだけには限りません。大学というさまざまな資源を活用することで、人との繋がりやコミュニティの形成・参加も重要な点として考えられ、卒業後の大学との関わりや持続的な同窓生とのネットワーク形成など、広範囲にわたるアクティビティ能力を創出していくことも必要です。今回は大学リカレント教育に焦点を当て、近年のリカレント教育における高まりや意義について解説し、大学リカレント教育の優位性、各大学が実施するリカレントプログラムの事例をご紹介します。<目次>1. 政府が推進するリカレント教育の高まり人生100年時代を迎える現在、企業においては技術革新が進められ、多様化した働き方の中、新たな知識や技量の習得が必要とされています。このような社会変化に対応するため、近年、社会人の学び直しを主眼としたリカレント教育が推進され、さらに文部科学省ではコロナ禍による影響を踏まえた「DX等成長分野における就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」といった体制が整備されています。就業者・失業者・非正規雇用労働者を対象に、大学や高等専門学校などの高等教育機関とハローワークや産業界が連携し、現実的な就業に通じる実践的な教育プログラムを提供し、就職や転職の支援を行うプログラムとなっています。2. 企業が推進する「リスキリング」政府や大学がリカレント教育を強く推し進める中、企業においてはリスキリングの高まりがみられます。リスキリングとは、経済産業省が公開する資料によると、新しい職業に就くために、あるいは現在の職業において必要とされるスキルの大幅な変化に適応するため必要なスキルを獲得すること、と定義しています。リスキリングにおいて特に注目されるのは、DX (デジタルトランスフォーメーション) です。企業では、AI、IoT、ビッグデータなどのデジタル技術を活用することで新たなビジネスモデルの創出に注力しています。DX推進という潮流の中で、世界規模における企業競争力の向上に繋げる取り組みのひとつとしてリスキリングを挙げることができます。このように、働き方やビジネスの変化が著しく、スキルアップが求められる現代において、企業や政府など社会全体で新たなスキルの獲得、学び直しの取り組みがますます注目を浴びているのです。3. 大学リカレント教育の優位性科目の内容やカリキュラムに視点を置くと、いくつも存在するカルチャーセンターの講座や学び直し事業を展開する企業との類似点はありますが、「大学での学び直し」でしか発揮できないメリットもあります。これらは母校でリカレント教育の受講を検討する卒業生へのアピールや、大学・校友会がリカレント教育を開講する意義にもなるでしょう。特筆すべき点をいくつか解説します。3-1. 同窓生ネットワークの形成卒業生や同窓生が集うことやそこから派生する人的な関係性の構築 (コミュニティの構築) が期待できる点です。また、母校なら多少気心も知れているので、職員や講師、OB・OGに相談しやすい環境を提供することも可能です。このような大学と卒業生との連帯あるコミュニケーションを図ることは、大学の施策としてもその関係性を強固なものとし、さらなる双方向交流を促進することができるでしょう。大学のリカレント教育において、個人の学びと同時に、人との繋がりを作る場である「コミュニティとしての大学」という観点は重要です。たとえば卒業後の起業を検討する場合にも、講座を受講する同窓生同士で共同作業やアイディアを出し合い深い仲になることで、高度な事業開発やビジネスモデルを生み出すことに繋がるでしょう。このような点からも、大学を起点としたコミュニティの創出と参加には大きな意義があると考えられます。3-2. その大学でしか学べないことを学べる・学び直せる理系や専門性の強い学習分野、有名な教授の授業など、その大学でしか学び直せないことで他大学やカルチャーセンターの講座とは差別化できる点も大きなメリットです。そのため、それぞれの大学の教育理念や特色ある教育内容、教員の研究テーマを反映したリカレントプログラムが多くありますが、各大学の独自性を顕著に示すことが求められます。この「大学の独自性」を示す点は、リカレント教育における差別化に通じる点で現状多くの大学が課題として認識し、その施策を検討しています。学生募集においても同じことがいえますが、各大学の独自性が鍵となり、その大学でしか学べないことが学べる・学び直せるという点をいかに示しアピールするかという訴求力が重要となるでしょう。3-3. 学習を定着させやすいリカレント教育ではオンラインツールを利用したプログラムもありますが、オンライン学習は先送りしてしまう場合も多く、継続させることが難しいという研究結果も見受けられます。オンライン教育コンテンツとして台頭したYouTubeやUdemyなどは、どこからでもアクセスすることで学びを実現できるオンライン学習ですが、大学リカレント教育は実践的な内容が学べる点もメリットの1つで、さらに学習状況の管理を行うアドバイザーやカウンセラーのようなスタッフを置くことで学習の継続と定着へ導くことが可能です。また、先述したように、同じ目的を持った人たちが集うコミュニティの形成やコミュニティに付随したネットワークを得ることができ、学習の定着を導くことができると考えられます。3-4. 卒業生や地域住民など関係者割引の適用]カルチャーセンターとの比較において優位性として考えられるのは、校友会員割引など卒業生に対する受講料の割引を利用できることです。地域貢献という観点からも、地域住民の受講に対しても受講料の割引を行うことで、一般の受講などと差別化を図ることができます。こうした関係者割引を制度化することで、社会に対して大学の独自性を示すことができ、リカレント教育を受けることの優位性も示すことができるでしょう。3-5. 大学選びの基準の1つとなる多彩なリカレントプログラムを展開し、卒業後も学び直しの機会を提供していることをアピールすることで、大学の広報的な意義も高まり、一般入試の受験生や保護者に対しても大学の魅力を示すことができるでしょう。少子化により大学入学者数の減少や定員割れが課題となっている大学においても、「選ばれる大学」として受験生の大学選択基準の1つとなり、1人でも多くの受験者獲得の可能性に繋がることも考えられます。4. リカレント・生涯学習プログラムを提供する大学紹介卒業生や地域住民などの社会人を対象に、リカレント教育を実施している大学は全国に存在します。ここではその一部を取り挙げ、各大学の特色ある教育理念やカリキュラムについてご紹介していきます。4-1. 早稲田大学https://lrc.waseda.jp/高齢化最先進国として日本を位置付け、人生100年時代の大学として「Life Redesign College (LRC)」を2022年4月に開講しました。全ての受講生やパートナーとともに、新たな人生の再設計や人生後半のロールモデルを創造することを趣旨としています。カリキュラムには、Life Redesign科目群や専門科目群を設置し、人生の後半を充実するべく生きがいとなるライフワークを見つけるよう構成されています。また、コミュニティの形成を最も重要視し、独自の制度として1年間を通じて所属する「クラスワーク」を導入している点が特徴です。今年4月に第1期生の入学式が行われ、授業や講演会が実施されているほか、認知症VR体験など独自の課外活動も行われています。4-2. 法政大学https://www.hosei.ac.jp/recurrent/「大学の教育と研究の成果を広く社会に還元し、社会の発展に寄与する」という観点からリカレント教育・生涯学習を位置付け、社会人の学び直しや生涯学習へのニーズに対応しています。2021年4月に「リカレント教育オフィス」が設置され、法政大学の社会人の学びの場としてさらなる学びが推進できるよう生涯教育の拠点とされています。リカレント教育・生涯学習において設置されているプログラムには、履修証明プログラム「健康とスポーツ」大学院公共政策研究科 SDGs Plus 履修証明プログラム大学院イノベーション・マネジメント研究科 ヘルスケア・マネジメント講座 履修証明プログラム情報科学・データサイエンス・AI履修証明プログラムなど多彩で特色あるプログラムが展開されています。4-3. 東洋大学https://www.toyo.ac.jp/social-partnership/csc/koza/リカレント教育に先鞭をつけてきたとして、「社会人教育」と「開かれた大学」の理念を基本に、日本における社会人教育の一翼を担い続けている点について東洋大学の誇りとともに今なおリカレント教育に注力しています。21世紀型リカレント教育を掲げ、日本の最前線ともいえる内容のリカレント教育を複数のセクションで実施。2006年にインフラ整備・地方創生等の課題解決を目指したPPP(公民連携)を専門に研究する世界初の社会人大学院として、経済学研究科に社会人が学ぶための場の公民連携専攻を発足するなどを特徴としています。また、「東洋大学社会貢献センター公開講座 (エクステンション講座)」や「東洋大学資格講座」など多岐多様に展開され、メリット豊富な生涯教育としてプログラムを設置し卒業生に提供しています。4-4. 明治大学https://academy.meiji.jp/smartcareer/index.html大学が教育・研究に加えて、より積極的に社会に貢献する社会人向けの体系的な学習プログラムを開設する「履修証明プログラム」が多彩な内容とともに提供されています。特色として「女性のためのスマートキャリアプログラム」が開設され、仕事復帰やキャリアアップを支援する半年間の短期集中ビジネスプログラムの中に、生活スタイルに合わせ「昼間コース」と「夜間・土曜主コース」が選択できるように配慮されています。昼間コースで開講される科目については、マーケティングや金融・財務に関する科目、ビジネスにおけるマネジメントに関する科目といった、キャリア形成やビジネススキル習得など女性の再就職・仕事復帰を支援する内容となっています。また、夜間・土曜主コースは女性のキャリアアップ・リーダ育成を目的としたビジネスプログラムが特徴です。4-5. 立命館大学https://www.ritsumei.ac.jp/mba/essentials/ビジネススクールの学びをオンラインで受講することができ、オンラインツールを利用し全国どこからでもアクセスすることで学びを実現することが可能です。「立命館MBAエッセンシャルズ」と銘打たれたこのプログラムでは、「働きながら学びたい」といった社会人の意欲ある学びに対応した魅力あるプログラムとなっています。講座の概要としては、戦略経営コース、マーケティングコース (入門編・デジタルマーケティング編)、人的資源管理コース、観光経営コースの5つのコースが開設され、夏 (6~7月) と秋 (9~10月) の2期に各コース90分の講義が3回行われます。受講料は1コースにつき一般が9,000円(税込)ですが、立命館大学・立命館アジア太平洋大学の校友と在学生は6,000円(税込)と割安でお得に受講できるよう配慮されています。4-6. 滋賀大学https://www.shiga-u.ac.jp/recurrent-education/未来社会を支える人材育成を理念に、社会人のスキルや専門性を高め能力を最大限発揮できるようリカレント教育が展開されています。教育プログラムの特色として、社会人のためのキャリアアップコース、企業のための人材高度化コース、誰でも学べるオンラインコースが開設されています。「社会人のためのキャリアアップコース」では、大学院への社会人受け入れカリキュラム、経済学部・教育学部・一部の科目を社会人が履修できる制度、教員免許取得者向けに教職への就業支援の講習を受講できる教職リカレント教育プログラム、行政関係者向けのオープンプログラムなど、能力開発やスキル習得、キャリアアップに繋がるさまざまなプログラムが提供されています。4-7. 小樽商科大学https://www.otaru-uc.ac.jp/education/recurrent/社会人の学び直しとしてさまざまな教育プログラムを展開しており、夜間主コース、アントレプレナーシップ専攻(MBA)、リカレント教育の3種類があります。夜間主コースは、全国の国公立大学では数少ない経済・商学系のコースとなっており、経済学科、商学科、企業法学科、社会情報学科の専門4学科の基礎内容を幅広く学習することが可能です。また、学費は昼間コースの半額、2年次には学科に関係なく自由に科目を選択できるといったメリットもあります。また、小樽商科大学ビジネススクール(OBS)アントレプレナーシップ専攻は、働きながらMBA(経営管理修士)の資格取得を目指せる大学院で、新事業の創造、既存事業の変革、組織改革を担うビジネス・リーダー、ビジネス・イノベーター育成のための多彩なカリキュラムを提供しています。特筆すべき点として、OBSの修了生、在学生、教員で構成された「OBS MBA会(同窓会)」、OBS修了生や在学生を中心にビジネススクールでの学習をフォローアップするための組織「OBS ビジネスシミュレーション研究会」といったコミュニティが存在しています。5. まとめ大学でのリカレント教育について、事例を交えながら解説しました。人生100年時代を迎える現在、政府によるリカレント教育の推進やDX時代における企業のリスキリング推進といった社会の中、大学における学び直しや生涯教育はさらなる高まりとその重要性を見出すことができます。くわえて、YouTubeやUdemyなどオンラインでの教育コンテンツといった情報メディアの充実、ICTを始めとするデジタルインフラ基盤の拡充と整備を背景に、オンラインツールの機能向上が後押しする形で大学におけるリカレント教育がさらに進化し、深化しているといえるでしょう。リカレント教育の充実は、すなわち卒業生コミュニティや同窓生ネットワークの形成に繋がる施策であり、「もう一度母校で学びたい」という熱い想いをどれだけ卒業生の心に湧き起こすことができるかが課題といっても差し支えありません。大学リカレント教育の推進は、高等教育機関としての教育・研究の知的資源の還元をもたらし、社会人、特に卒業生の母校に対する愛校心を高揚させるとともにコミュニティの形成に大きく寄与すると考えられ、将来的に持続する大学の施策として、さらなる広報的な意義を深めることで大学のブランド力発信に繋がると考えられるでしょう。<参考・引用>文部科学省「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」社会人のリスキリングを文部科学省がバックアップ!|DX等成長分野における就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業経済産業省「リスキリングとは —DX時代の人材戦略と世界の潮流―」起業を増やすためにもリカレント教育の推進をオンライン学習はなぜ 挫折してしまうのか